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第六回医師の働き方改革と労働基準監督署の調査

厚生労働省は、インターネット上の賃金不払残業などの書き込み等の情報を監視、収集する取り組みを実施しており、労働者からの書き込みを元に労働基準監督署が調査することもあります。労働基準監督官が事業場に赴き監督を実施した件数は、169,236件(平成27年度)に上ります。

医療機関も例外ではなく、特に地域の基幹病院であっても、労働基準監督署の立ち入り調査が入った事実が報じられるなど、昨今、労働基準監督署の調査に厳しさが増したといわれています。中には、病院側は宿日直として運用してきた当直勤務が、宿日直の定義には当てはまらないと判断され、過去に遡り本来支払う必要があった時間外の割増賃金と実際に支給してきた宿日直手当との差額分として十数億円を支払うことになったり、医師の時間外労働の削減などを求められ、その影響で診療体制の縮小を余儀なくされたりするような事例もあります。

労働基準監督署とは

労働基準監督署は、法令に定める基準を事業主に守らせるための機関です。それ以上でも以下でもありませんので、法令違反とならない民事上の事項や、経営的な事項は、基本的には関係ありません。しかしながら、実際に調査を行う労働基準監督官には、事業主に対して立ち入り検査する権限と、取調べや逮捕、捜索差押を行うことのできる司法警察職員としての権限を持っています。
すなわち、「警察官(司法警察職員)」と同等の権限が与えられているのです。ちなみに、通常の税務調査を行う税務署の調査官は強制調査権限を持っていませんから、税務調査官よりも労働基準監督官の方が強力な権限を有していることになります。

    出典:厚生労働省ホームページ 省内事業仕分け資料より

実際の調査の流れ

【STEP1】調査の開始
 ①定期監督、②申告監督、③災害調査のいずれかの方法により、労働基準監督署の調査が開始されます。
 ① 定期監督は、労働基準監督署側で、その年の監督計画に基づき調査を行うものです。監督計画では、前年までの実績などから調査の対象事業所を決定されます。事前予告がある場合とない場合があります。定期監督の中には、各々立ち入りで調査する方法のほかに、「集合監督」という複数の使用者を一斉に呼び出して行う方法があります。効率的に複数の事業場を調査できることから、近年は「集合監督」の実施が増えているようです。
 ② 申告監督は、労働者から労働基準法等各種法令違反の申告があった場合に行われます。申告監督の場合も事前に調査予告がある場合とない場合があります。また、指定された日時に労働基準監督署に呼び出されることもあります。
 なお、労働者には申告の権利が労働基準104条により定められ、申告をしたことによる不利益取り扱いは禁止されています。
 ③ 災害調査とは、重大な労働災害が発生したときに、労働基準監督署の監督官が行う調査のことをいいます。例えば、大手広告会社「電通」のように、違法な長時間労働を理由として労働者が過労自殺をしてしまったような場合には、これをきっかけに、労働基準監督署の監督官による調査が進むことがあります。

【STEP2】調査
事前の通知が行われる場合には、「事前通知書」という書面が会社に送られてきます。この書面には、立ち入りの行われる日時のほか、立ち入りに当たって用意しておくべき資料なども記載されています。「集合監督」や呼出調査であれば、労働基準監督署からの通知書面で指定されたものを持参します。一般的には次のような書類を準備します。
(1)労働者名簿
(2)労働条件通知書
(3)賃金台帳
(4)出勤簿
(5)就業規則
(6)年次有給休暇の管理簿(年次有給休暇の付与・取得日数が確認できるもの)
(7)時間外労働・休日労働に関する協定届
(8)定期健康診断結果個人票
(9)変形労働時間制を採用している場合、関係書類(労使協定、勤務割表等)
これらの書類が無い場合は、すぐに整備されることが望ましいでしょう。

【STEP3】是正勧告・指導
調査の結果、労働関係法令に関する違反がある場合には、「是正勧告書」、法令違反ではないものの是正すべき点が発見された場合には「指導票」が交付され、改善を促されます。
是正勧告書の交付を受けたときには、是正勧告書に指定された期日までに、勧告を受けた法令違反を是正し、是正した内容を「是正報告書」にまとめて、労働基準監督署に提出しなければなりません。
同様に、指導票の交付を受けたときには、指定された期日までに、指導を受けた点について改善し、改善した内容を「改善報告書」にまとめて労働基準監督署に提出することになります。
なお、法令違反が重大・悪質な事案の場合、是正勧告で問題が収まらないような場合は、「書類送検」等の司法処分が行われ、また、企業名が公表されることとなります。

医療機関に多い指摘事項

医療機関において違反の多い項目は、やはり労働時間関連です。江原朗教授の資料では、32条違反(労働時間)と37条違反(時間外、休日及び深夜の割増賃金)が圧倒的に多く、医療機関の労働時間管理には問題があると指摘されています。

病院に対する是正勧告書における労働基準法違反の主な内容
条文 違反件数(延べ)※ 比率(延べ)
15条  労働条件の明示 7 6.6%
20条  解雇の予告 1 0.9%
24条  賃金の支払 5 4.7%
32条  労働時間 64 60.4%
34条  休憩 3 2.8%
35条  休日 16 15.1%
36条  時間外及び休日の労働 2 1.9%
37条  時間外,休日及び深夜の割増賃金 35 33.0%
39条  年次有給休暇 2 1.9%
89条  作成及び届出の義務 11 10.4%
106条 法令等の周知義務 3 2.8%
107条 労働者名簿 2 1.9%
108条 賃金台帳 11 10.4%
109条 記録の保存 1 0.9%
※調査対象の是正勧告106件のうち、違反を指摘された件数

出典:第5回医師の働き方改革に関する検討会 資料 「医療現場の労務管理に関する研究」

特に勤務医については、院内で診療録を見ながら論文を書くような私的な時間もありますが、待機なのか休憩なのか業務を行っているのか全く把握していない場合もあり、ずさんな管理体制が長時間労働を生む温床となっているという指摘もあります。

対応の方針

毎年4月に、各労働局から「行政運営方針」が発表されます。その中で、重点課題として取り上げられた項目に応じて、労働基準監督署の取り組む重点項目が定められているようです。
労働基準監督署の調査は、処罰することが目的ではなく、将来に向かって、法律を守ってもらうということが重視されるので、真摯な対応が重要です。
とはいえ、医師の絶対数不足に加え、医療の進歩による業務の複雑化、国民の高齢化による患者数増加、宿日直の現状等、医療機関を取り巻く環境は厳しさを増しており、特に適正な労働時間管理は、最も重要ではあるが最も難しい課題であるといえます。