成功する医療経営のアドバイスTOP > 第二回 医師による労務提供と勤務環境改善
医師であることの特殊性は、労働法規の適用場面ではほとんど考慮されません。
医師という職業は、医学部という難関を突破するだけでなく、少なくとも6年間は医学を学修し、医師国家試験に合格した者だけが就くことが許されるきわめて専門性の高い職業です。
医師は開業医や医療法人の理事として経営者的立場に立つことも勤務医として勤務することも可能です。また、医師の勤務形態はフルタイムの仕事に限定されるわけではなく、アルバイトの仕事も多数あり、なかにはアルバイトだけで生計を維持している「フリーター医師」も存在します。
開業医の場合、基本的には労働時間等の働き方は自ら決めることとなり、個人事業主として労働基準法をはじめとする労働法規の適用外となります。
医療法人の理事となった場合も同様で、経営上の事情はさておき、働き方を決めるのは自分たちということになり、労働法規の適用外となります。
では、勤務医の場合、特に医師であるからという理由によって、労働者として扱われないということがあるのでしょうか。労働基準法上によれば、労働者は、事業または事務所に使用され、賃金を支払われる者であり、職業の種類に関しては、限定されることはありません。したがって、勤務形態がフルタイムであってもアルバイトであっても、病院や診療所等に勤務する勤務医が労働者に該当し、労働基準法をはじめとする労働法規の適用を受けることは、法的には明らかです。とはいえ、実態は必ずしもそうではないようです。
例えば、法定労働時間を超える長時間労働の問題があります。総務省の就業構造基本調査において、1週間の労働時間が週60時間を超える雇用者の割合をみると、雇用者全体では14%であるところ、医師は41.8%と全職種のなかでも最も高い割合を示しています。
かつて、研修医制度のもとでは、研修医は必ずしも労働者として認められていませんでした。研修医はあくまで教育としての研修を受けているのであり、その活動は労働ではないと考えられていました。
しかし、平成17年6月3日、「関西医科大学付属病院研修医賃金請求事件」の最高裁第二小法廷判決において、「医師法16条の2第1項所定の臨床研修として病院において研修プログラムに従い臨床研修指導医の指導の下に医療行為等に従事する医師は,病院の開設者の指揮監督の下にこれを行ったと評価することができる限り、労働基準法9条所定の労働者に当たる。」との判断が示されました。
この事件を契機に取扱いは変更され、現行の臨床研修制度のもとでは、その実態・内容から、臨床研修中の医師は労働者として処遇されています。
現在では、臨床研修中の者を含めて勤務医は一般に労働基準法上の労働者と解され、労働基準法上の労働時間規制や最低賃金法の適用を受けることになります。
ただし、病院等では、研修医のほか無給で働く医師(無給助手や大学院生)の存在があると言われています。
無給助手などの医局員は労働基準法ならびに最低賃金法に抵触することから、現在ではこの運用はとられていないと言われていますが、反対に無給の者がいる可能性はあるとも言えます。
診療に従事する大学院生等の処遇体制については、平成20年6月30日に文部科学省の各大学宛の通知(文科高第266号)により、「大学院生等が診療業務の一環として従事している場合については、労働災害保険の適用が可能となる雇用契約を締結するなど適切な対応が必要」として、対応を求められていますが、すべての大学・病院で正しい運用が行われている保障はありません。
医師による労務の提供は、自身や病院の利益のために行われるというだけではなく、社会的インフラとしての使命があるため、「労働」という観念が薄く、時間外労働・深夜労働・休日労働といった区別はないというような誤解を生みやすいといえます。
当直勤務は、一定の場合には、労働時間に該当します。
入院患者の受け入れや救急を行っている病院では、24時間患者対応を行うことになりますが、そのような病院に勤務する勤務医は、当直勤務に従事することが必然的に求められます。勤務医の疲労が蓄積される大きな要因は、この当直勤務にあると推察されます。
救急対応が少なく医師に多くを求めなかった時代には当直医が睡眠を取れる状態にあったかもしれませんが、現在では当直医の当直中の睡眠は短時間で断続的なものとなっています。
大きな変化の一つとしては、夜間・深夜受診者の増加があげられ、夜間受診に対する患者のモラルに医師の過労が左右されている一面もありますが、このような問題に対応すべく、厚生労働省は平成14年3月19日に通達(「医療機関における休日及び夜間勤務の適正化について」基発第0319007号)を発して、当直勤務を適正化しようとしました。これにより、宿日直勤務が原則として労働者に通常の労働を行わせるものではないことが確認され、「原則として、通常の労働の継続は認められないが、救急医療等を行うことが稀にあっても、一般的にみて睡眠が充分とりうるものであれば差し支えないこと」という一定の基準が示されました。
一方、多くの病院で医師を「管理職」扱いにしていることで、長時間労働が正当化されている実態があります。たしかに、労働基準法41条の管理監督者に該当する場合には,労働時間に関する規制は受けず、残業代等は発生しないということになります。(なお,管理監督者であっても,深夜割増賃金は発生します。)しかし、病院内において「○○長」等という肩書を付けたからといって労働基準法上「管理監督者」と認められるわけではありません。
医師の勤務環境の特徴としては、長時間労働以外にも様々な要因がありますが、いずれにせよ、勤務環境の改善には医師の増員が不可欠です。これは、病院にとって人件費負担が増すという大きな課題となりますが、そもそも医師不足の状況下で適切な人材をすぐに確保できるのかどうかという根本的な問題もあります。
この問題は一病院とそこで働く勤務医の労働関係において解決できる問題ではなく、医療提供体制の課題として国・行政レベルでの対応が必要であると考えられます。
厚労省により、現在、全国のすべての病院及び有床診療所(約16,000機関)を対象に、医療勤務環境に関するアンケート調査が実施されています。
このアンケートによれば、なんらかの勤務環境改善の取り組みを行った場合において、経営上のメリットを感じていない病院はほとんどみられなかったとのことです。逆に言えば、小さなことからでも勤務環境の改善に取り組めば、経営にも何らかのメリットがあると言えます。
※出典:医療分野の勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組に対する支援の充実を図るための調査・研究委員会 (2017年) 『医療勤務環境改善マネジメントシステムに基づく医療機関の取組みに対する支援の充実を図るための調査・研究事業報告書 113頁』より