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第七回医師の働き方改革と労働時間該当性

医師の働き方改革に関する検討会において、「医師の労働時間短縮に向けた緊急的な取組(骨子案)」が発表されました。次のような取組みを実施すべきとしてまとめられています。

①医師の労働時間管理の適正化に向けた取組
②時間外・休日労働に関する協定届(36協定)の自己点検
③既存の産業保健の仕組みの活用
④タスク・シフティング(業務の移管)の推進
⑤女性医師等に対する支援
⑥医療機関の状況に応じた医師の労働時間短縮に向けた取組

いずれも大切であることは理解できます。しかし、実際に行う場合には様々な問題が発生するであろうことが予想されます。特に①の労働時間管理については、医師の場合、通常の勤務時間に加え、当直中の手待時間、オンコールなどでの待機時間、学会・研修といった自己研鑽の時間などが混在していて、結局のところ、明確に労働時間を定義することは不可能に近いと考えられます。この骨子案のなかでは、少なくとも在院時間について、客観的な把握を行うこととされました。

どこまでが労働時間か?

労働基準法上の「労働時間」とは、一般に、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいうとされています。
また、「労働時間」に該当するか否かは、当事者の主観的な意思や就業規則等の定めによるものではなく、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まると補足されています。
労働時間(時間外労働)該当性の判断については、以下のように多くの裁判例が存在します。

労働時間該当性を巡る裁判例
判断の類型 事件名・裁判
来客当番・電話当番などの待機時間 すし処「杉」事件(大阪地判昭和56年3月24日)
大阪淡路交通事件(大阪地判昭和57年3月29日)
京都銀行事件(大阪高判平成13年6月28日)
仮眠時間の労働時間 江東運送事件(東京地判平成8年10月14日)
学校法人桐朋学園事件(東京地裁八王子支部判平成10年9月17日)
日本セキュリティシステム事件(長野地地裁佐久支部判平成11年7月14日)
大星ビル管理事件(最1小判平成14年2月28日)
休憩時間 住友化学工業事件(名古屋高判昭和53年3月30日)
滞留時間 大林ファシリティーズ事件(最判平成19年10月19日)
小集団活動やミーティング 八尾自動車興産事件(大阪地判昭和58年2月14日)
あぞの建設事件(大阪地判平成6年7月1日)
豊田労働基準監督署長事件(名古屋地判平成19年11月30日)
出張の往復時間 日本工業検査事件(横浜地裁川崎支部決昭和49年1月26日)
準備及び後片付け 三菱重工長崎造船所事件(最1小判平成12年3月9日)

なお、時間外労働(残業)を明確に指示していない場合であっても、使用者の黙認や許容があった場合には労働時間となると解されています。すなわち、時間外労働の実施について「黙示の指示」があった場合(時間内に終わらせることが明らかに無理な業務量である場合など)には、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価されます。

指揮命令下の判断要素
判断要素 通達・裁判例 主な内容
業務の必要性 昭25.9.14
基収2983号
「使用者の具体的に指示した仕事が、客観的に見て正規の勤務時間内ではなされ得ないと認められる場合の如く、超過勤務の黙示の指示によって法定労働時間を越えて勤務した場合には、時間外労働となる。」
使用者の残業認容意思 野崎徳州会病院事件(大阪地判平成15年4月25日) 「病院医事課職員のレセプト作成の業務については滞納させることは許されなかったため、これらの業務に関して原告が所定労働時間外に勤務してそれらを処理することは命令権者において当然容認されていたというべきであり、被告の黙示の業務命令に基づくものと評価できる。」
納期が迫っているケース リンガラマ・エグゼクティブ・ラングェージ・サービス事件(東京地判平成11年7月13日) 「使用者が労働者に対し労働時間を延長して労働することを明示的に指示していないが、使用者が労働者に行わせている業務の内容からすると、所定の勤務時間内では当該業務を完遂することはできず、当該業務の納期などに照らせば、所定の勤務時間外の時間を利用して当該業務を完遂せざるを得ないという場合には、使用者は当該業務を指示した際に労働者に対し、労働時間を延長して労働することを黙示に指示したものというべきであって、したがって、当該労働者が当該業務を完遂するために所定の勤務時間外にした労働については割増賃金の支払を受けることができるというべきである。」
終業時間までにこなすことができない仕事量があるケース 千里山生活協同組合 賃金等請求事件(大阪地判平成11年5月31日) 「被告の指示による予定されていた業務量が終業時間内にこなすことができないほどのものであり、そのために右各業務を担当した原告らが時間外労働に従事せざるを得ない状況にあったのであるから、原告らが従事した時間外労働は、前記説示において除外したものを除き、いずれも少なくとも被告の黙示の業務命令によるものであるというべきであり、被告の右主張は採用することができない。」

宅直・オンコール当番

一連の県立奈良病院産婦人科医事件の裁判例(大阪高判平成26年12月19日、奈良地判平成27年2月26日など)では、①宅直勤務は原告ら産婦人科医師の自主的な取り決めに過ぎないこと、②宅直当番は産婦人科医師の間で決められており病院が命じていたわけではないこと、③宅直当番の者の待機場所は定められていなかったことなどから、宅直中に医師らが病院の指揮命令下にあったとはいえないとして、労働時間該当性は否定されています。
しかしながら、仮に、宿日直制度が宅直制度の存在を前提として構築されていたり、病院に対してローテーションを報告していたり、病院から待機場所の指定を受けていたなどの事情があった場合には、判断が変わる可能性はあります。

学会・研修等自己研鑽の時間

一般的には、強制されたものか自由参加であるかによって労働時間として取扱うか否かを判断します。しかし、大学病院などで研究・教育職に就きながら通常の業務も行う場合には、その区別が曖昧です。参加・不参加によって、不利益な取扱いをされないというのは、実際にはどのように考えればよいのか疑問が残ります。結局のところは、労使双方の意思ないし認識を一致させることが重要なポイントになるのではないかと思われます。

教育研修に関連する通達
昭和26年1月20日(基収第2875号)
○労働基準法関係解釈例規

<就業時間外の教育訓練>

問.
使用者が自由意思によって行う労働者の技能水準向上のための技術教育を、所定時間外に実施する場合の、労働基準法第36条の適用に関して下記の通り疑義がある如何。

次のような「教育」を実施した時間は労働基準法上の「労働時間」とみなされ法第36条の規定による時間外労働の協定を必要とするか。
イ、業務命令として職制を通じ所属長から通常の作業に準じて参加命令を発し拘束の態様が通常業務に対すると全く同一の場合
ロ、職制上直列系統に非ざる教育担当者から単なる「通知書」を以て参加を要請し建前としては自由参加の形式を採っている場合

答.
労働者が使用者の実施する教育に参加することについて、就業規則上の制裁等の不利益取扱による出席の強制がなく自由参加のものであれば、時間外労働にはならない。

事業主が講ずべき措置

厚生労働省は、平成29年1月20日に「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」を策定しています。使用者には、①労働者の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し適正に記録すること、②労働基準法第108条及び同法施行規則第54条により、労働者ごとに、労働日数、労働時間数、休日労働時間数、時間外労働時間数、深夜労働時間数といった事項を賃金台帳に記入しなければならないこと、などの責務があります。
誰がどのくらい働いていて、どの程度の仕事をしているのかを把握することは、経営管理上も重要なことです。

労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置
(1)始業・終業時刻の確認・記録
(2)始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な記録
(3)自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置
(4)賃金台帳の適正な調整
(5)労働時間の記録に関する書類の保存
(6)労働時間を管理する者の職務
(7)労働時間等設定改善委員会等の活用